感謝の心(2)

 感謝の心を感じることにより自由になる超介です。

 幼い時代に父母がしてくれたことを思い出し、感謝をした時、その時、幸せな感情に満たされた。
だから、幸せは私と人の間にあり、さらに感謝のこころの近いところにきっとあるとおもう。

 年上の友人が『おまえは恵まれているのに、そのことが分かっていない』ということを話してくれたこと―(11月18日)のブログ―と同じようだ。彼には 気がついていない私の姿 が見えているのかもしれない。

 本を読んで、いろいろとトレーニングもして、孤独な戦いをしていた私は、やっとそのことに気がついた。孤独な幸せというものは存在しないということに。

 ほんの数年の受付の仕事を明るくやってくれた女性がいた。軽自動車いっぱいに職場の人からの花束、鉢植えやらの贈り物をもらって、笑顔いっぱいで辞めていった。

 有能ではあったが、最後は質疑応答のようなやり取りで権利を確認し、見送られることを拒否するように、逃げるようにして辞めていった人もいた。

 後者のほうが給料もよくて、仕事もバリバリこなせたのに前者のほうが幸せそうであった。

 他人の一言から気分がふさぎ、そして、その人を拒絶し、孤独の闘いを始めることが私にはよくあった。しかし、それは他人の一言が要因ではなくて、私が記憶の呪縛にとらわれていることがほとんどであった。 その一言が引き金になっていた。(ように思う)

 その一言が、私の心の奥にあるいやな思いを引き起こすようになっていたことに気がついた。そのことに気がついてから、私は自由になれてその人に対しても積極的にかかわれて、孤独の闘いをやめることができ、幸せになった。

 それは幼いころの両親の思いに気がつかずに、勝手な振る舞いをしていた自分に気がついたときと同時であった。それに気がついて感謝の心があらわれた時、私は幸せになった。

 つまり、幸せは私と人の間にあって、感謝の心に近いところにあるに違いないのである。

4 thoughts on “感謝の心(2)”

  1. そら@内藤です。
    「大切にしてもらったなあ、ありがたかったなあ」
    って思うことがたくさんあると、
    周りの人を大切にできるって感じでいいですか。
    「あなたはかけがえのない大切な人ですよ」っていう
    メッセージをシャワーのように子どもたちに
    かけ続けていきたいですよね。

  2. キヨシです。
    幸せは一人でもできることでしょうが、
    回りにいる人とともにすることで
    その喜びは幾重にも広がりますね。

  3. 超介さん、
    今とっても幸せなんでしょうね。
    そして、この日記を読んで幸せに気づいた人も
    たくさんいるでしょうね。
    私も、その一人です!
    超介さん、ありがとうさんです。

  4. そらさん
     わかりやすく言い換えていただきました。
     そういう感じです!
    キヨシさん
     そうです。人間ですから、
     人と人との間で感じるほうが
     幸せ感が大きいという気がします。
    GUTS!さん
     そのように感じてくれてうれしいです!
    皆さんありがとう。  

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