新しいことへの挑戦が意味するところ

超介です。8A5D0BC4-24B0-4C9E-9BD2-6697186E6A6E

今年の稲作は刈り取れない圃場が18アールほどもあって、大変辛かったです。春から、いえその前の冬から苦労してやってきた成果を捨てたのですから。次年度に向けての学びにはなりましたが。

58歳を区切りにして、40年間いた環境から離れて再スタートして4年半経過しました。

それまで体験したことのない範疇のことに触れる機会をたくさん得ました。再スタートしたんだから学びなおしの期間があって当然と考え、1年間は方々へ研修に行き、個人塾を起業し、クラシックギターを弾き、英語を学び、登山を体験しようとし痛い目を見、自治会の仕事に取り組ませてもらい、稲作を大失敗し、DIY を始め妙なものを作り、星見をし…そろそろ畑もやろう、とやりたい放題です。次の人生の準備だと。

この4年半の動きを振り返る時、手に入れたものは「リアルな情報」です。それは読書よりも実体のあるものです。生き方がより、手応えのある方向へシフトしました。

 

わかっているけどできないことをできる様にするには?

超介です

わかっているけどできないことについては、その原因を考えることより、具体的に行動する方法を考えた方が成功しやすいと思います。

原因を考える時に、できない理由を探すことになって、できなくて当然という理由ずけがなされるからです。

ただ行動するのみ、ということです。そして、私の苦い経験からは、私の場合は、行動を繰り出せないのは体力不足や、気力不足であることが多いです。そのことに気がつかずに、できない状況が続いていて、原因探しの迷路に陥るのです。

いかに体力、気力をコントロールして集中できるかに注力するようになりました。

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渦中の人は承認をする余裕がない

超介です。

渦中の人は承認する余裕がない、そのことを私が承認する。これは時に塾を運営していて感じることです。

どういうことか。

90歳手前の母の発言に繰り返しや、愚痴が増えてきて、それをいちいち指摘している自分に気がつきました。それは、無意識に反応していて、まずいとわかっていました。数ヶ月そのことと向き合い、少しずつ、受け止められる様になりました。そのままを受け止めずにイライラして、いちいち指摘している時は母を受け止めることができていなかったんです。それは、私が渦中の人だったからです。

私は毎月1回、コーチと契約をして30分の電話セッションをしていただいているのですが、そこでは渦中の人から出ることができてそれに気ががつき、意識ができました。意識ができるとコントロールでき始めます。

母から学んだことです。塾生と保護者に向かい合っていて私がコーチとして機能することの一つです。

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ただ弾けばいいんでしょ、ではなく。

超介です。

自宅の庭に、7月初めから鮮やかな花をたくさん見せてくれていたノウゼンカズラの木があります。下旬の大雨にも耐え、咲き続けていました。たくさんあった蕾ももうほとんど咲いてしまい、最後のひとかたまりのオレンジの花が下がっています。

深みのある表現は、その奥に思想や心情つまりそこに至るプロセスを含んでいます。音楽を聴いて感動するとき、そこには音階、メロディー、音色だけではなくそれらがその中に思想や心情を含んでいるからで、それは理解しているつもりでした。が、さらに実感したのは自分で楽器を練習し始めてからです。

短い練習曲でも、プロの演奏は心を動かされることが多いのは、上記が理由です。おそらく、他の文化的な活動でも、スポーツでも同じで、観客が感動するのは結果だけではなくて、その活動の中にそこまでに至るプロセスを感じ取からだと思うのです。

ただ曲を弾くだけでなく、どの様な努力や工夫重ねれば良いか、その方向性がわかるのです。それは学ぶということ全般に通じることでもあるとおもいます。例えば教科の学習でも、誰かが、あるいは多くの人々が作り上げてきた体系を知ったり、使いこなすことは、なんらかのプロセスを学ぶことであり、様々な意義があります。それで丁寧に伝えたり、人が学ぶ場を整備していきたいと思うのです。

その様な学びは人に深みを与え、魅力的な人生を過ごす一助になると思うのです。

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頭と心と体

超介です。

  クラシックギターを2年半練習しています。まだ初心マークをべったり貼ってる状態です。それでもギターを通じてたくさんの気づきがありました。そのうちの一つです。

  それは頭と心と身体が密接に関わっていることを実感することです。若い人には関係ないことかもしれません。あるいはもっと上手な人にも関係ないことかもしれません。

   例えば、うまく弾けるかどうかは、弾こうと思ってギターを構えた時にわかる様になったことです。あるいは、集中できないと、急に弾けなくなること。逆に、曲のイメージが沸いたり、心から弾きたいという気持ちがあるときはうまくいくことなどです。

  それで、エチュードを弾く時、ある程度運指等ができていれば、次には表現を考えて弾くのですが頭と心と身体は一致しているので、頭と身体を使って練習することが心に響くのです。感情が制御されそれは楽しみになるのです。

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話さない子

超介です。

自分の経験からの話です。

幼い頃から口数が少ない子供でした。それは、言葉とその使い方を知らないからですが、他人とのコミュニケーションも取るのが大変苦手でした。どちらが原因かはわかりませんが、とにかく大人しく喋らない子供でした。今もその傾向があります。

滅多に口を開かない子、あまり話さない子供の傾向かもしれません、あるいは、私に特別なことかもしれませんが、ご参考まで。

言葉とその使い方が貧しかった私が、口を開くと周囲の人は、その意味を理解するべく、次々と質問をしてきます。それにはかなり困りました。例えば「学校に行くのが嫌」と言ったとしましょう。それは、かなり勇気がいる発言です。自分で学校に行くべきだとわかっていてもそのように言うことがあります。

その気持ちを受け止めてくれれば、それでよかったのですが、それ以上に踏み込まれると困るのです。「学校に行くのが嫌」という気持ちがあることだけの表明であるので、それ以上でも以下でもないのです。その発言の奥には自分のことを認めて欲しいという気持ちがあります。

隠れていてわかりにくいですが、自立の芽の様なものがあります。田圃の青い稲の中の穂の様に。

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弱さの指摘が意味を持つとき

超介です。

何かができないことを指摘することは、しかも原因付き、理由付きでそうすることは、できる人からすれば容易ですが、それが相手にとって意味があるかどうかは別です。意味があって、良い方向に相手が向く場合もあるし、向かわない場合もあります。

原因や理由を見つけたことで有頂天になってしまい、そのことを得意げに伝える、などの失敗を何度も繰り返してきました。最低もう一段深く構えておくべきなのに。親御さんから親子関係のお話を伺う時にも、それを感じることが結構頻繁にあります。

もちろん、もう一段深い構えとは、相手の状態を踏まえているかどうか、です。それを伝えるとき、相手がそれを承認できるかどうかです。当然ですが、受け入れることができない状態では伝わりません。伝わらないし、関係やら、事態を悪化させることが起こり得ます。

教育コーチングで扱うのは、その相手の状態、関係に関わることです。そこを大切にします。じっくりと、ゆっくりと確かめながら進めるのです。

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目標を見失う

超介です。

毎日、繰り返して反復練習もして効果も出てきてたのに、途中で継続することに最初ほどは意欲的になれなくなるときがあります。

一時期は、少し焦って力を入れて練習や学習を継続するようにしていましたが、この頃はそれから離れられるようになりました。その事態を承認します。理屈ではなくて、心がどういう風になっているかを感じるのです。言葉にできる理由があるかもしれないし、ないかもしれません。その上で、再開するときもあれば、やめてしまうこともあり得ます。

何かをみうしなってしまうとき、焦って次の行動を繰り出すのではなく、一旦立ち止まって事実をじっくり味わい次を選択したいと思います。

コーチとして自分をコーチできるようになりつつあるのかなあ?

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宝石に変わる

超介です。

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始める時には、義務感やら目的感から「やらねばならぬ、やるしかない」と始めた行為が、一定の期間それが継続できると、時に急に効果が上がり始める。それで効果ありとして、目的を達成してなくても途中でやめるのも良い。

時には、他の事情で継続が困難な時もありうる。その時、振り返ればはじめは「やらねばならぬ、やるしかない」と始めた自分の気持ちが「やりたい」に変わっていることに気がつく。

それは炭素が高温高圧下でダイヤモンドに変わる様に、美しく変化し宝物になるのと似ている。

その時のことを「心の発火点」と命名し、運営している塾の理念にした。

一流と呼ばれている人たちはそのことがよくわかっていて、それをそれぞれの言葉で残している。エジソンは電球のフィラメントの素材を発見するのに数えきれぬ試行をしたが、それは失意の繰り返しではない、としている。

その変化は誰かにコントロールされることではない。自分で行動し気がついていくことである。自立がベースになっている。

2018年農業中間報告

超介です。

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会社人としての人生から第二の人生に入って4年が経過しました。今年は自宅の田圃の米作りをきちんとやろうと決めました。田作り、田植えを終え70アールほどの田圃には今青々と稲が育っています。

特別な思い入れや目的があったわけではありません。家族がやってきた農業、田んぼも畑もあるし、農機具も揃っている。父が一昨年他界し、母も農業をやるには高齢すぎて無理になりました。他の人に依頼してやっていただく選択も、田圃をほっておく選択もありました。選択したのは今年はお米作りに専念することでした。農業をすることに興味があったからです。それに、食料の供給は大切な仕事です。

田植えと稲刈りは一人では負担が大きすぎるので手伝ってもらう人を頼みますが、他は自分でやろうと。

そこに道があるので歩いてみよう。風景が違って見えるかもしれないと。その程度の思いで始めたのですが、作業の種類と時期、内容、方法、そしてそれぞれの作業に必要な農機具(トラクター、田植え機、草刈機、肥料頒布機、溝切り機、運搬機、コンバイン等)の使い方とメンテナンス等体験できる内容豊富です。大変苦労するし、疲れるしでも充実感ありです。

目的を決めて邁進するのもいいですが、そこに道があるので歩いてみよう、から始める生き方もいいと思います。