松山再訪

超介です。

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40年間過ごした松山を4年ぶりに訪れる機会がありました。18歳から58歳までを過ごしました。この間に其処で大学に入学し、就職して、家庭を持ち、子育てが終わり、退職してそして18歳まで過ごした丹波に戻りました。今回、道後温泉にも、松山城にも訪れることができました。40年間にはそれらの観光地にも一人で、あるいは誰かと一緒に訪れましたが、それらの思い出は個々には浮かびません。

松山での40年のうちに住居だけでも9回引越し、仕事でも松山だけでなく南予にも、東予にも香川にも行き来してきたのでこれらの地域に対する想いは深くて広いです。

今回、道後温泉本館前や、松山城の広場に立った時にジワリと切ない感情が込み上げてきます。それは悲しさでもなく、嬉しさでもありません。その地に対する愛情に近い想いです。時に、断片的にあるシーンがそのときの自分の感情とともに脳裏へ蘇り、涙腺が緩みます。

見知らぬ土地へ、誰も知った人がいない土地へ18歳で行き、58歳で去るまでなんといろいろなことがあったのかと。それらを整理して、次の人生に向かうべくスタートした4年間です。準備をしながら仕事にも私生活にも課題を決め進みだしましたが、この40年間は貴重な体験財産となって今を支えてくれているようです。

青写真を描く

超介です。

やりたいこととやることの間には何があるんでしょうか。やるべきこととやりたいことが一致していても、それとやることの間にはギャップがある、時があります。もちろんギャップなくスムースに進むときもあります。

私がそれを知ったのは、仕事ができる先輩からでした。答えは完成青写真が描けているかどうかです。少なくとも、行動の起点となるところは最低クリアに描けてないと始めることはできません。彼は、いつも明瞭に青写真を描いていました。それは計画、企画書あるいは戦略書でした。事業運営に関わることですが、分野が異なっても同じです。人が目的に向かった行動を起こすのは、どこに向かっているかが明確かどうかで随分異なるのです。

やりたいこと、やるべきことはわかっているけれども行動が結びついていないとき、それの青写真が明瞭でなく、なんとなくでしか描けていない場合が多いのです。さらに、青写真以上にカラー写真だと行動して達成もできます。

苦手な分野への取り組みは時間をかけて周辺から

超介です

人生の様々な場面で、考え方やら、行動からこの人はこんな人なんだ、と理解することは悪いことではありません。「一事が万事」というのはそのことをもいうのだと思います。

私には論理的な思考が苦手だと思った時期がありました。特に、それを感じたのは確率や生物の遺伝、地学の天文、物理の計算を高校になって学んだ時からです。理系に進みたいけれど、この理詰めで考えることが不得意であったので、進路選択に迷いがありました。理系、文系にかかわらず議論も苦手でした。観察や、事例を調べることは嫌いではなかったのですが、体系化、理論化されているものをんだり使ったりするのは苦手だという意識がありました。

それでも、何とか大学を卒業して、就職して30代後半でこの不得意分野を何とかしたいと考える時がきました。仕事上の議論やら、人間関係においてうまく進めることができず、何とかしたいと思ったのです。その時に取り組んだのが知能クイズでした。数字パズルや論理クイズの本を買ってきて、何冊も解いていると、コツがわかり面白くなり始めました。仕事で企画書、計画書を作るようになると、その関連でロジカルシンキング、論理思考の本も読むようになりフェルミ推定の問題集を解いたりするようになりました。これらのきっかけになったのがクイズでした。
いまは、得意というわけではありませんが、苦手意識はありません。最近、英文を読んでいるときでした。わたしには難しい、わかりにくい文を読んでいるとき構文理解とクイズを解く思考が似ていると感じることができました。もし苦手意識を抱えたままであったら、英語を学ぶことを諦めているかもしれません。
ひとの能力や性格の弱点は様々な場面でやりたいことを阻害するかもしれません。それらは、その場では根本解決はできないまでも、意識の片隅にそれを置いとくことはできます。そして、チャンスがあった時にちょっと手を出してみると面白い展開がありえます。

人は様々な場面で同じ問題に悩まされます。特効薬は見つけにくいですが、その一点を突破すると、事態が前に進み、違う場面が開けるように思えるのです。それは、いくつになっても。

 

対話の失敗

超介です。

人と対話していると「ああ、この人はこんな人なんだな」とその人の性格や行動様式が見えてきて、理解がしやすくなる。それとその人らしさが見えてくる。そうすると、少なくとも相手に対する自分の態度が決まって自分は安心する。「たぶん、こういってくるだろうから、このように対応しよう」というように。それは、手っ取り早くて経済的なコミュニケーションの取り方だ。

しかしながらこの方法の弱点は相手の立場に立った会話が成立しにくいことにある。相手は決められてしまうので、何を言っても枠にはめられたような感じがして、話を聞いてもらっている気がしないのだ。当然、心は開きにくくなる。傾聴ではない。

私は、特に身近にいる人に対してはこういう風に決めつけで話をする傾向がある。そして、身近な人もそのように私のことを見る傾向がある。それで、このようなことが重なると時には関係に行き詰まりが起こる。

仕事を増やす

超介です

退職し、故郷の丹波へ戻り約4年が経過し、小さな個人塾を始めて3年が経ちました。その間は、自治体の仕事以外は、全部自分の意志で決めることができる立場で過ごしています。やりたいことをやりたいようにして一日を過ごしていますが、それが増えてくるとき、工夫が必要です。

今やっていることに加えて、自治体の仕事(役割)が減る予定なので、これからは農業を今まで以上にきちんとやっていこうと考えています。午前中から午後にかけては英語の勉強とギターの練習、そして農業に費やし、昼過ぎからは教室に行って塾の運営をする、その間に家事をこなす、大雑把にはそのようにします。英語の勉強もギターの練習も上達したいのでもっとたくさん量を増やしたいのですが、時間をとっても集中できません。途中で疲れてきて、うまく進まないことがあります。
豊かな山々に囲まれた地に住んでいるので、自然観察やら、登山、日本海への釣り、それに本も書くので、それぞれの仕事をどのように工夫してこなしていくのかを考え、試しています。仕事のスタイルを磨いていきます。

何が「ふつう」なのか

皆さん,こんにちは。 自宅は雪の中,今いる研究室は時折晴れ間を見せる場所。 三重県は縦に長いのだなぁと,今更ながらに感じている,教育コーチのいっすぅぃ~です。

さて,年末から楽しみにしていた行事が一つ終わりました。 娘との「吉本新喜劇ツアー」です。互助会主催ということで特別な料金で行けるとあって,ツアーは2日間でバス2台が満席になったようです。 私は,新喜劇が大好きな娘と行けるとあって,朝一にFaxをして,チケットをゲットしました。

そんなことは置いておくとして,そんな特別な日だから「ふつうってなに?」の話しでして。

大阪・難波の降車場所に辿り着こうという直前にヤマ○電気があったんです。 開店前のそのお店には30名ほどの方々が列を成しておりました。
「何があるんかなぁ」と言うと,娘は
「あんなとこに並んでるぐらいなら,家で論文を書いてた方がええよなぁ」

???

最近,私が家でやっていることと言えば,パソコンに向かって修士論文を書くことですが…。
「論文を書くこと」は,あまり一般的ではないんですけどねぇ。

同じく修士論文を書いている友人の娘さんが,小学校で講演会が開かれた夜のこと。
「今日、話してくれた人が『あなたたちのお父さん・お母さんは,家で本を読まないでしょ』って。そんなことないでって,むっちゃ腹立ったわぁ」って。

何が「ふつう」で,何が「ふつうでない」のか。
いろいろとあるかと思いますが,子どもがそのことを見抜いていたり,その言葉の先にあるものを見透かしていたり,言いたいことが別にあったり。

なんだか,ほっこりとした瞬間でした。

Honesty is my policy! いっすぅぃ~でした。

戊戌の干支の意味を立てる

超介です。

クラッシックギターをネットで注文して手に入れたのが2年前の1月上旬でしたから、弾き始めてから2年間経ちました。数種類の教本を手に入れ、雑誌を定期購読し、練習の方法を改善していき、ようやく独習が1年半ぐらいたったとき、小さな発表会でカルカッシという古典的なテキストの中級編の練習曲数曲を弾かせてもらいました。それが昨年の8月のことでした。その頃、音階、和音などの基本と様々なスキル、そして初級、中級の練習曲の練習メニューができて、あとは年数さえかければ、あと2年ほどで名曲に挑戦できるかなあ、と思っていました。

ところが、残念ながらそう順調には進まなくなったのです。それは(もうこれは当然のことですが)、プロの方の演奏を知って、同じ練習曲であるのにその差に愕然としたのです。同じ曲とは思えないのです。心に響く演奏なのです。そしてその演奏法の解説が動画で公開されたので、それを見て練習を始めますが、全くついていけません。行き詰まったのです。それが昨年の12月末です。それまでは毎日1時間半から2時間ほどは練習していましたが、10分ほども弾いていられなくなりました。

この辺りの事情は長くなるので端折りますが、その後、今は、また練習が再開できるようになりました。その糸口になったのが「戊戌の干支」の意味するところなのです。戊も戌も繁茂の様相を示しますが、その中で戌の字の「横一は陽気を示す」とのこと。「それを大切にしなさい」というように意味を立てることにしたのです。

ギターの練習でいえば、色々と練習しているけれども、「その横一を大切にしなさい」というように意味を立てたのです。そして、その「横一」が「音楽性」とか「表現したいもの」であることに気がついたのです。楽器や歌を練習している人にとっては当然のことだと思いますが、それを考えつつ練習することが、いかに重要で、上達への道であるかということにやっと気が付きました。

この戊戌の干支は、塾の仕事の中にも、そして今年力を入れようとしている農業にも意味を見出せるのです。

戊戌の年 (その2 干支の意味)

超介です。

ひとは、3次元に加え、時間軸の一方向のみに推移しながら動く世界で生きています。そして、我々は空間の次元は自由に行き来できますが、時間軸の方向は自由には進むことができません。もしも時間軸をも含む4次元の世界で自由に動けたなら、世界の事象を「静止」した環境で捉えることができて、それを詳しく観察することができます。そこから見えてくる法則性、原理のようなものも調べることができます。それらが、易学やらあるいは占星術の元になるものだと思うのです。

その法則性、原理を完全なる4次元での表現ではなく、人が生きている次元、つまり3次元+(一方向の)時間次元で表したものが 易学やら「 干支」と捉えることができると思います。世界で起こる様々な事象の本質を抽出して表現したのです。それは完璧な法則性、原理ではないけれどもそれらに近い形をしているのではないでしょうか。そこで示される型にあてはめて、現実を見ると、意味を見つけることができると思えるのです。

そう考えて、毎年干支を調べて意味を見つける(意味を立てる)ことをしてきました。事象を抽出したものであるので、干支は何事にも具体化できると思うのです。解釈は一通りではなく、その人によって意味が違ってくると思います。

戊戌の年の陽気が示すものとは、私にとって何かと意味を見つけるときに、それは様々なところで顔を出しているのですが、わかりやすい例で言いますと、例えば昨年から初めてそろそろ2年になるクラッシックギターの練習の例をあげます。

次の投稿で、それについて書こうと思います。

戊戌の年に

超介です。

今年は戊戌(ぼじゅ、つちのえいぬ)の年です。毎年、干支を調べてその中に意味を立てるようにしています。出典元は「干支の活学」(正岡正篤著 プレジデント社)です。

戊も戌も共に繁茂、茂という意味を持ちます。戌は戊に一を加えただけの構成となっています。点を加えた戍と戌は別の文字とのこと。戌は「戊に一を加えたもので、茂と同義語。(点を加えた戍は守るという意味で戌と別字)。すなわち枝葉末節が茂って、日当たりが悪くなり、風が通らなくなることで、いわゆる抹消的煩瑣とか過剰を表す文字である。」(同書p108)とのこと。そして戌の一はその中でも完全に抹消的ではなくて、一箇所は陽気が残っていることを示すとのこと。

で肝心なことは、そのように煩瑣に、抹消的過剰になってはいるので、陽気を表す一のところを残して、一切バッサリとやりましょう。というふうに捉えると意味が生まれるようです。

そのことを、自身に捉えて見回せば、故里丹波に戻りリセットしてもうすぐ4年が経過しようとしています。今年は農業に力を入れていこうとしていますが、塾 j.スクール、自治会の仕事、英語の勉強や、クラッッシックギターの練習やら、出版、山登りと色々と手を出してきて煩瑣にすぎるということかもしれません。このままでは、煩瑣すぎて末枯れるかも。

では一は何かといえば、これはこれらを通じて私が何をしようとしているのか、その中核であろうと思えるのです。その中核を大事にして、そこから離れたところは整理する、ということに戊戌の意味を立てました。

さらにこの中核が何かについては、次の機会に書こうと思います。

皆さんもご自身を振り返り、戊戌の、皆さんにとっての意味を立ててみてください。

2018年、スタートですね。

皆さま

(遅れながら、明けましておめでとうございます。)

こんにちは。

そら@内藤です。

 

南アルプスから昇る太陽です。

1月1日、7:28 撮影です。

力強い初日の出、ありがたいことです。

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で、この写真を撮っている時気がついたのですが、

雲の切れ間からスポットライトがある地区にだけ当たっているのです。

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思い出したのは、吉野さんのこの詩です。

虹と初日の違いはありますが、

今、あることの幸せをしっかり感じていたいと思います。

皆さまにとって、良い年でありますように。

 

「虹の足」/吉野 弘

雨があがって
雲間から
乾麺みたいに真直な
陽射しがたくさん地上に刺さり
行手に榛名山が見えたころ
山路を登るバスの中で見たのだ、虹の足を。
眼下にひろがる田圃の上に
虹がそっと足を下ろしたのを!
野面にすらりと足を置いて
虹のアーチが軽やかに
すっくと空に立ったのを!
その虹の足の底に
小さな村といくつかの家が
すっぽり抱かれて染められていたのだ。
それなのに
家から飛び出して虹の足にさわろうとする人影は見えない。
―――おーい、君の家が虹の中にあるぞオ
乗客たちは頬を火照らせ
野面に立った虹の足に見とれた。
多分、あれはバスの中の僕らには見えて
村の人々には見えないのだ。
そんなこともあるのだろう
他人には見えて
自分には見えない幸福の中で
格別驚きもせず
幸福に生きていることが――。