自ら感覚にアプローチしてみる

皆さま,おはようございます。
時折,通学路を変えてみたくなる大学院生,教育コーチのいっすぅぃ~です。

今日は,朝からちょっと頭痛。肩,特に首の後ろがかなり凝っている。そこからくる頭痛なのか!?
今週に入ってかなり寒い。そこからくる凝りなのか!?
などと考えながら,遠くに見える山並みを見ると,くっきりと綺麗。空は青い。日差しが気持ちいい。風は強い。

いつも降りる駅から一つ手前の駅で下車し(といっても,大学は今日の駅といつもの駅のちょうど真ん中辺りに位置しています),河川敷を歩きました。

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この写真を見ると,肌寒さを感じますか?

川の水の位置が夏と違う。
海がすぐそこなものだから潮の影響を受けてるんだな。
キラキラと光り輝いている。
ちょっと,頭痛が遠のいていきました。

IMG_1213-2  眼下には,元気に動く鳥たちが。

Honesty is my policy! いっすぅぃ~でした。

体験セミナー~生まれるもの

こんにちは
山形のね↑@高山です。だいぶ寒くなりましたね。

ものすごく前の話なのですが、8月6日日曜日に琢成コミセンにて体験セミナーをしました。
受講者の方は2名。お二人とも教育関係者です。
内お一人が、息子の通う学校の先生でした。 😯
その先生とうれしいご縁で今日もお会いできました。
相手を思う心
尊重
信頼
それはうれしい連鎖を生みます

一方で
不信感
悲しみ
あきらめ
それも連鎖を生みます

悲しい連鎖は断ち切って
新しい素敵な連鎖を生み出そう

どうかご縁が続きますように

パパ・ママコーチ表紙の写真

コーチネーム「そら」の内藤睦夫です。

パパ・ママコーチ30号の表紙は真っ赤な紅葉ですが、

27号は、まだ色づくまえの青い葉っぱです。

色づいた葉っぱをバックにした緑の葉も秋らしいと思います。

 

写真は、1年前に撮ったものが使われます。

来年、どの写真が使われるのかなぁと思いながら撮影します。
PM27

 

 

 

 

 

 

音色

超介です。

百聞は一見にしかず、さらに百見は一体験にしかず。

聞くだけでなく見ればわかることがあります。さらにはやってみればわかることがあります。

クラシックギターの練習を始めて1年9か月経過しました。初心者ですが、いくつかわかってきたことがあります。そのうちの一つにプロの弾く曲の「音色の凄さ」です。簡単な練習曲なら弾けるようになったのですが、同じ曲を弾くプロは聴いてほれぼれします。

当然といえば、それまでなんですが圧倒的なスキルの高さと音楽性(とでもいうしかない)を感じてしまいます。滑らかに演奏されるその中に、どれだけの細やかなものが蓄積されているかが想像できます。

同時に、そのような能力を人が有している素晴らしさに打たれます。聞いているだけだはわからなかったことが、ギターを手に取って弾いてみるとそれが良くわかります。

表現が、自由になるとは、そのように操れることなんですね。

暴言・体罰のない長野県の部活動を目指して

 「何のために部活動指導をしていますか」を一緒に考えることが、私のテーマでした。

 結果を出すため、努力することを学ぶため、感謝する心を育てるため、仲間の素晴らしさを体感するため、限界を超える自分を発見するため・・・。

 これら全てが価値のある「何のため」だと思います。

DSC05680 トリミング しかし、部活動をキャリア教育の視点からとらえると、「自立した人間」を育むことが目的になります。

 長野県の教育がめざす人間像は「知・徳・体が調和し、社会的に自立した人間」です。

 自立を育むためには、「本来子どもは限りない可能性を秘めており、常に学びたいという欲求をもつ存在であるという子ども観」を揺るがずに持つことが大切です。

この子ども観を腹に据えれば、「強要したり、脅したり、褒美でつったり、暴言で従わせたりする」指導はありえません。

 教育コーチングは、「人は育とうとする生き物」「人は自分の中に答えを持っている」「人はそれぞれ」を信念として、「傾聴」「質問」「承認」で関わることを勧めています。

 長野県の部活動をリードする先生方と学び合えた時間は、とても熱く、力強く、楽しく、頼もしいものでした。

 県スポーツ課指導主事のK先生、Y先生ありがとうございました。

アクティブラーニング実践フォーラム 2017

 みなさん

こんにちは。

そら@内藤です。

11月4日・5日と京都大学を会場にして、

アクティブラーニング実践フォーラムが開催されました。

私は、2日目の第4分科会で、

「教師の主体的な研修が子どもたちの主体的な学習を創り出す」

という内容で、赤穂中学校の実践をお伝えしました。

「主体的、対話的な学び」を創り出すために一番大事なことは、

私たち教師が「主体的、対話的に学び続けること」だと思います。

誰かに言われたから、やらなきゃいけないから・・・という

アクティブラーニングでは未来は開きません。

熱い思いを持ち、自ら実践している先生方と出会えたことに

感謝しています。

H29 ALフォーラム

やる気がなくても・・・

超介です。

やる気がなくてもできることはたくさんあります。様々な練習(学習も含めて)を行うときに、やれない理由さがしをして、やらないことを正当化するために「やる気が出ない」という場合があります。
でも、行動するのにまず必要なのは「意志」であるので、意志力を発揮できればたいがいのことは始めることができます。落ち着いて、じっくりと自分の心を探って見て「行動を妨げているもの」を調べてみれば、「やりたいと思っていない自分」が現れて、その次に「そんなことしても」、とか「うまくいかない」と考えている自分に気が付きます。
さらに、そのような考えをもたらしているのが「邪魔をしているもの」です。それは多くは思い込みです。今までの失敗したときのいやな感情、あるいは不安かもしれません。
「邪魔するもの」はその人が生まれたときからはそこにいるのではありません。それは取り除くことができます。
塾に来てくれている人たちに、時々そのような話をすることがあります。多くの人たちがわかってくれます。「それらを解決するのはだれですか」、と質問すると「自分」と答えてくれます。そして、それを達成していく方法を一緒に考えます。

愛の力

教育コーチの修業僧です。

次女(2)の観察日記です。

次女は部屋から,ネックレスや指輪などの装飾品を見つけては,誰が教えたわけでもなく  適切な場所に装備することができます。

 そんな,次女をみてドラクエを思い出した私は,冗談めいて「○○ちゃん(次女)は,素早さとか,みのまもりをいつく高めることができたの?」

と問いかけると,次女はすぐさま,「ちっが~う!」と,決めつけに反発して怒り出す。

人は育とうとする生き物です。自分を輝くことを望み,よくなることを望み,そのためにいろいろな思考や行動を選択します。2歳の次女であっても例外ではありません。

光るものを身につけることで,自己の内面の輝きを受け取ってほしかったのかなぁと思っています。

当然,手放すことに猛烈な抵抗を表現します。逃げる,泣く,怒る,反撃する…。ありとあらゆる手段を選択して,自己の輝きを表現する装飾品を守ろうとするのです。私がボスキャラにみえたのかな?何が起こると手放すのかなと私が思考をしているときのことです。

母親が長女とお風呂に入りました。抵抗していた次女は当然おいてきぼりです。

すると,あれだけ手放すのを抵抗していた装飾類を一気に手放し,「おか~さ~ん!」と泣きながらお風呂場へダッシュしていったのです。

人は育とうとする生き物です。すべての生命の根源は愛なのではないかと思っています。

どんなに,自分を輝かせるものが目の前にあったとしても,愛されている,自分はここに居てもいいんだという,安心感や所属感を充足する愛にはかなわないようです。

コーチングのスキルや理念に傾倒することなく,あり方から人の育ちを支援したいと改めて気づく瞬間でした。

調和

教育コーチの修業僧です

自然体験授業がありました。そこで得た気づき「調和」について整理します。

自然の中にある「木」「草」「水」がそれぞれが邪魔をせず,無意図,素朴,自然に存在しています。それでいて,互いを邪魔せず森という全の調和を生み出しています。

どの場所やどの角度から見ても違和感のない,感動や癒やしを与える調和のとれたものです。エネルギーといった波動さえ感じさせるほどの見事な調和です。

それぞれ形や姿,色,年齢どれ一つ同じ物はない確立した個でありながら,その個が1つの全をなしている。全でありながら,それぞれが個として輝いている。

そんな個でありながら全,全でありながら個であるという調和の素晴らしさを体感しました。

教育コーチとして私が目指す自立も同じです。互いが個として邪魔せず調和する社会。共同体感覚にあふれた社会。個でありがら全,全でありながら個として輝ける社会。

見たい社会はすでに目の前に存在していたんだなぁと気づきました。       自己を知り,自己の調和と統合を図り,自己と世界の調和を目指す。その先に目指す自己実現が待っているような気がしました。

社会の中で活きる個

教育コーチの修業僧です。                                我が家の日常の一場面です。

階段から姉妹が降りる。妹が一番に降りたくて,先に降りようとしている        姉を降りないでと怒る。

 父が姉に「妹にゴールを譲ってあげようか」 姉「うん。わかった」

 ところが,妹はゆずろうとする姉の服を引っ張り妨害する。                      すると姉は先に階段を降りきってしまう。

 「なんで降りたの」と約束が違うと問い詰めることもできますが,          それぞれに事情があると尊重しようとするといろいろな興味が沸いてきます。

 父「どうしたの?」  姉「服をひっぱたからバツを与えたの」

正そうと,個をむりやり矯正するダメ出しはお互いにストレスになります。        社会で得た「バツを与える」常識を娘が書き換えるお手伝いをしました。

まずは,そんな姉の思いをそのまま受け取りました。                 父「そうか。バツを与えたんだ。」「○○()ちゃんはバツするのが好き?」      姉「ううん。きらい。」                              父「そっか,きらいなんだ」「これからバツいる?」                 姉「いらない。」                                 父「これから○○()ちゃんの毎日から,バツがなくなったら,すごくうれしいな」

 すると,姉はギューっと抱きつき,「わかった」と一言,父に届けてニコニコしていました。

 姉は4歳です。4歳にして自分の能力や常識で世界や他人に影響を及ぼしたいとか,正しく評価したいという承認の欲求にもとづいて,自分にとって気に入らないことにはバツを与えるという社会に知らず知らずにうちに組み込まれているんだと実感しました。

4歳にして,ダメ出し,評価,罰が渦巻く社会の中で日々育っていると思うと,家庭や学校における教育の重要性がますます再認識できました。

幸せな社会に生きる自立した人へ育つために支援をし続ける教育コーチでこれからもありたいな。