愛の力

教育コーチの修業僧です。

次女(2)の観察日記です。

次女は部屋から,ネックレスや指輪などの装飾品を見つけては,誰が教えたわけでもなく  適切な場所に装備することができます。

 そんな,次女をみてドラクエを思い出した私は,冗談めいて「○○ちゃん(次女)は,素早さとか,みのまもりをいつく高めることができたの?」

と問いかけると,次女はすぐさま,「ちっが~う!」と,決めつけに反発して怒り出す。

人は育とうとする生き物です。自分を輝くことを望み,よくなることを望み,そのためにいろいろな思考や行動を選択します。2歳の次女であっても例外ではありません。

光るものを身につけることで,自己の内面の輝きを受け取ってほしかったのかなぁと思っています。

当然,手放すことに猛烈な抵抗を表現します。逃げる,泣く,怒る,反撃する…。ありとあらゆる手段を選択して,自己の輝きを表現する装飾品を守ろうとするのです。私がボスキャラにみえたのかな?何が起こると手放すのかなと私が思考をしているときのことです。

母親が長女とお風呂に入りました。抵抗していた次女は当然おいてきぼりです。

すると,あれだけ手放すのを抵抗していた装飾類を一気に手放し,「おか~さ~ん!」と泣きながらお風呂場へダッシュしていったのです。

人は育とうとする生き物です。すべての生命の根源は愛なのではないかと思っています。

どんなに,自分を輝かせるものが目の前にあったとしても,愛されている,自分はここに居てもいいんだという,安心感や所属感を充足する愛にはかなわないようです。

コーチングのスキルや理念に傾倒することなく,あり方から人の育ちを支援したいと改めて気づく瞬間でした。

調和

教育コーチの修業僧です

自然体験授業がありました。そこで得た気づき「調和」について整理します。

自然の中にある「木」「草」「水」がそれぞれが邪魔をせず,無意図,素朴,自然に存在しています。それでいて,互いを邪魔せず森という全の調和を生み出しています。

どの場所やどの角度から見ても違和感のない,感動や癒やしを与える調和のとれたものです。エネルギーといった波動さえ感じさせるほどの見事な調和です。

それぞれ形や姿,色,年齢どれ一つ同じ物はない確立した個でありながら,その個が1つの全をなしている。全でありながら,それぞれが個として輝いている。

そんな個でありながら全,全でありながら個であるという調和の素晴らしさを体感しました。

教育コーチとして私が目指す自立も同じです。互いが個として邪魔せず調和する社会。共同体感覚にあふれた社会。個でありがら全,全でありながら個として輝ける社会。

見たい社会はすでに目の前に存在していたんだなぁと気づきました。       自己を知り,自己の調和と統合を図り,自己と世界の調和を目指す。その先に目指す自己実現が待っているような気がしました。

社会の中で活きる個

教育コーチの修業僧です。                                我が家の日常の一場面です。

階段から姉妹が降りる。妹が一番に降りたくて,先に降りようとしている        姉を降りないでと怒る。

 父が姉に「妹にゴールを譲ってあげようか」 姉「うん。わかった」

 ところが,妹はゆずろうとする姉の服を引っ張り妨害する。                      すると姉は先に階段を降りきってしまう。

 「なんで降りたの」と約束が違うと問い詰めることもできますが,          それぞれに事情があると尊重しようとするといろいろな興味が沸いてきます。

 父「どうしたの?」  姉「服をひっぱたからバツを与えたの」

正そうと,個をむりやり矯正するダメ出しはお互いにストレスになります。        社会で得た「バツを与える」常識を娘が書き換えるお手伝いをしました。

まずは,そんな姉の思いをそのまま受け取りました。                 父「そうか。バツを与えたんだ。」「○○()ちゃんはバツするのが好き?」      姉「ううん。きらい。」                              父「そっか,きらいなんだ」「これからバツいる?」                 姉「いらない。」                                 父「これから○○()ちゃんの毎日から,バツがなくなったら,すごくうれしいな」

 すると,姉はギューっと抱きつき,「わかった」と一言,父に届けてニコニコしていました。

 姉は4歳です。4歳にして自分の能力や常識で世界や他人に影響を及ぼしたいとか,正しく評価したいという承認の欲求にもとづいて,自分にとって気に入らないことにはバツを与えるという社会に知らず知らずにうちに組み込まれているんだと実感しました。

4歳にして,ダメ出し,評価,罰が渦巻く社会の中で日々育っていると思うと,家庭や学校における教育の重要性がますます再認識できました。

幸せな社会に生きる自立した人へ育つために支援をし続ける教育コーチでこれからもありたいな。

気づきから自己探求

修業僧です。

テストの諸注意について

机の中に物をいれないで取り組む

最後まで寝ないで取り組む

キョロキョロ周りを見ずに取り組む

過去の私が子どもに提示していた言い方の一部です。

 

そもそも禁止事項を書くということは,過去の私の中に子どもができないという無意識の怖れや不信があったのかもしれません。

机には筆記用具をだけをおきましょう

最後までチャレンジを続けましょう

意識と視線は常に自分の問題と解答に向け続けましょう

と言葉にするほうが本当に伝えたい思いを届けることができる可能が広がりそうです。

 

私はいま,子どもは大丈夫と信頼するあり方を大切にしています。

いわれなくても本来ちゃんとできるという信頼から子どもに問いかけをします。

試験準備完了ってどんな状態?

本当の実力を出し切れた自分は50分間何をしてきたんだろう?

 

子どもの力は無限大です。自分たちでこうなりたいと答えを見つけて

言われなくても自分の理想に近づこうとします。その時はたとえできな

かったとしても子どもはちゃんと理想に近づきたいという思いを秘めています。

そう信じて関わった方が毎日お互いが生き生きとして楽しいかなと私は思うのです。

 

教育コーチとして自立を支援することは,日々自己を探求することなようです。

今日の気づきとの出会いに感謝します。

夏休みの課題

超介です。

夏休みは、それぞれに教科の学習以外に、自由研究やら、作文、絵画、工作、部活動の合宿、旅行等様々な課題をこなすよい機会です。それぞれ具体的なテーマが用意されているわけではなく、どんな研究を行うか、どんな本を読むかは、自分で考えて決めます。

それは、教科の宿題と違って、ゼロから考えるとても良い経験だと思います。課題のスタイルは指示されますが、内容はその人が決めることができるからです。課題ですから、その点ではコントロールされていますが、内容は多くの場合は自由であるので、能動性を発揮することが可能です。

自由研究の相談を受けるのはとても面白いです。コーチングのテーマとしてはまず、「何を扱う?」「どのようにあつかう?」という風に質問が立てやすいからです。教科の学習時は、答えが一つの場合が多いので、解へ誘導しがちですが、これらには答えは開かれていて無数にあるからです。