渦中の人は承認をする余裕がない

超介です。

渦中の人は承認する余裕がない、そのことを私が承認する。これは時に塾を運営していて感じることです。

どういうことか。

90歳手前の母の発言に繰り返しや、愚痴が増えてきて、それをいちいち指摘している自分に気がつきました。それは、無意識に反応していて、まずいとわかっていました。数ヶ月そのことと向き合い、少しずつ、受け止められる様になりました。そのままを受け止めずにイライラして、いちいち指摘している時は母を受け止めることができていなかったんです。それは、私が渦中の人だったからです。

私は毎月1回、コーチと契約をして30分の電話セッションをしていただいているのですが、そこでは渦中の人から出ることができてそれに気ががつき、意識ができました。意識ができるとコントロールでき始めます。

母から学んだことです。塾生と保護者に向かい合っていて私がコーチとして機能することの一つです。

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ただ弾けばいいんでしょ、ではなく。

超介です。

自宅の庭に、7月初めから鮮やかな花をたくさん見せてくれていたノウゼンカズラの木があります。下旬の大雨にも耐え、咲き続けていました。たくさんあった蕾ももうほとんど咲いてしまい、最後のひとかたまりのオレンジの花が下がっています。

深みのある表現は、その奥に思想や心情つまりそこに至るプロセスを含んでいます。音楽を聴いて感動するとき、そこには音階、メロディー、音色だけではなくそれらがその中に思想や心情を含んでいるからで、それは理解しているつもりでした。が、さらに実感したのは自分で楽器を練習し始めてからです。

短い練習曲でも、プロの演奏は心を動かされることが多いのは、上記が理由です。おそらく、他の文化的な活動でも、スポーツでも同じで、観客が感動するのは結果だけではなくて、その活動の中にそこまでに至るプロセスを感じ取からだと思うのです。

ただ曲を弾くだけでなく、どの様な努力や工夫重ねれば良いか、その方向性がわかるのです。それは学ぶということ全般に通じることでもあるとおもいます。例えば教科の学習でも、誰かが、あるいは多くの人々が作り上げてきた体系を知ったり、使いこなすことは、なんらかのプロセスを学ぶことであり、様々な意義があります。それで丁寧に伝えたり、人が学ぶ場を整備していきたいと思うのです。

その様な学びは人に深みを与え、魅力的な人生を過ごす一助になると思うのです。

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7月の体験セミナー

山形のね↑です。

7月23日(月)、体験セミナーを開催しました。

受講者は最近お知り合いになった方で
キャリアコンサルタントや産業カウンセラーの資格を持ち
就職セミナーや、企業コンサルなどをしているキラキラママ。
好きな仕事ですが、もやもやすることもあるそうで…

キツネとタヌキのアニメをご覧になって
「私、今日キツネだったんだわ」とポロリ。
「あの人がドキツネだ」ではなく、「自分が」。

人のせいにせず、自分のことをしっかり顧みる強い芯を感じました。
職場の人間関係や、お子さんとのかかわりや、ご自分と親とのかかわりなど
いろいろと思いを巡らせた2時間だったそうです。

こんな風に、毎回「意味のないことは起こらない」
魔法のような出来事に、感動するね↑でした。体験セミナーまなびのいえ7月

6月の体験セミナー

みなさんこんにちは!
山形県のコーチのね↑です。

6月19日(火)にまなびのいえで体験セミナーを開催しました。

「ママコーチとしての視点、かかわりをもつ」ということに
目からウロコ!だったそうです。
小学生と幼稚園のお子さんのママであり、
子育てや女性支援をしている団体の職員をされている
とっても愛くるしいママさんです。
新しいこと、面白そうなことにどんどんチャレンジし
子育ても楽しむママ、なんてすてきなんでしょう。
ママの素直さやお茶目さにすっかりうれしくなったね↑でした。

まなびのいえでは
できる限り毎月「体験セミナー」を開催できるようにしております。
東北の方、ぜひぜひお越しくださいね。

体験セミナーまなびのいえ

思い込みのあやうさ (その2)

FE163546-7958-4A11-9D4B-F1698838675E超介です。

そうであろう、と無意識に思い込んでしまっていて、でも現実は違っていてショックを受けてしまう、そんなことが時に起こります。自然災害などもそうです。

無意識な思い込みは、変化が想定できない状況になっているのですが、それは変化を想定することにエネルギーが必要だからであることと、起こる事がすごく稀なことをいちいち想定していたら生きにくくなるからです。

私の場合の最近の例です。母親の老化にハッと気がついた瞬間がありました。医療機関でその事実を確認した時にはショックでした。そういえば、と思い至る状況がありましたが、その時々は何事もない母の後ろに隠れてしまい、というか私が隠してしまい事実を突きつけられるまで認識できていませんでした。

人を外観でパッと判断することは、おそらく人類が長期間、本当に長期間敵や環境と直接に戦って生き残って適応して磨いてきた能力でしょうから、それは自由に操られる必要があります。

そのような気づきがうまくいくためには、興味と関心がその対象に注がれている事が必要条件です。無関心な対象には気づきは起こりえません。

やる気が出ないので勉強できない??

超介です。

私の教室では、カリキュラムは塾生が全部決めます。教科も、内容も、方法も塾生が決めます。私はコーチとして関わるのみです。もちろん質問には答えますし、塾生が決めることに感想を述べたりはしますし、時には提案も行います。さらに、ネット上の教材やら、様々な教具、かなり幅広いジャンルの書籍、パズル、おもちゃ等々を自由に使えるように置いています。塾生たちは自分ができることから始めます。そして、通塾しているうちに自分なりの学びのスタイルを身につけていきます。そうなると自信が出てきて、どんどん強くなります。

塾生は、一コマ90分間、自分のすべきこと、したいことを やります。それは自分と向き合うことです。しかし時には「やる気が起こらない」といって悩む者も現れます。時間もあって、眠くもない、しかし学習がすすまない、学習に集中できない、という状態です。

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しかし、この状態はとても大切な機会です。自分の中でセルフコントロールできない(と思っている)状態があること、そしてそれにどう向かい合えるか、それを知ることは人の成長に重要だからです。その方法として「邪魔するもの」を想定してそれを取り扱う方法もあります。ある人は「象使いと象」になぞらえて、状況をその人自身に理解させています。脳の機能から説明する人もいます。その時々に応じて対処するのが私のコーチとしての仕事です。

それは、大人の場合も同じで大人の場合は子供の「やる気が起こらない」の理由に対応するのは、多くの場合は「忙しい」とか「何々があるので」とかが多いようです。

それらの理由は、そのように考えればその状況の説明がつくので、そう表明しているだけです。多くの場合はじっくり取り組むとできることであったり、やらないでいいことであったりします。ただ、できることから始めればよいだけであって、やる気は必要ありません。継続していると副産物としてやる気はでてきますが、なくてもできるのです。

体験セミナーin鶴岡 まなびのいえ開校記念

みなさんこんにちは。トレーナーのね↑です。

3/20(火)18:30~まなびのいえにて開校記念セミナーとして
教育コーチング体験セミナーin鶴岡を開催しました。

参加者は少なかったのですが、
その分たくさんの「話す」を体感していただき、
「傾聴」がわかりやすかった。スタッフ教育に取り入れたいと
嬉しいお言葉を頂戴しました。

今度は4/1(日)13:30~15:30、まなびのいえにて開催予定です。
皆さんも「話す」の心地よさを体感してみませんか。

開始前の様子
開始前の様子 お茶を飲みながらゆったりとセミナーにご参加いただきました。

身の回りのものでやりくりする力

超介です。

「分数ができない大学生」という本がありましたが、大学生でできないのであれば当然高校生にも相当な数の「分数ができない高校生」がいると思います。

ある高校生が積分計算をしていたときのことです。計算途中で帯分数が出てきてそれを計算するときに「帯分数ってなんでしたっけ?」と質問してくるので「えっ‼️ 知らんの?」と聞くと「小学校の時、分数の計算が苦手やったんです。」と。帯分数の意味と意味とその加減乗除を簡単に説明しました。

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わたしが驚いたのは、そのような算数の基礎知識がないままに、よくぞ積分計算ができるようになったな、ということです。中高での計算、関数、方程式、図形、統計等々の内容をよく乗り越えてきたな、ということです。ここ2年ほどの彼女の数学の質問は、たしかに、どの場合にどの種の計算をするのかという型に関することが多かったのです。理由を説明しても、其処は理解せず、その方法、結論だけを覚えていたようです。

高校内の授業も「この場合は、こうする」という説明に注目して聞いたようです。彼女のノートは、その「場合分け」が赤で記入されていて、計算もびっしりと書かれてます。確かに計算はこまめに、きちんと正確にできています。定期テストは平均点よりかなり上でした。

彼女なりのスタイルに感心しました。かなりの試行錯誤をしつつ、ここまで追求してきたんだなあと、思ったからです。小学校の時に身につけるべきことを忘れていた、あるいは学ばなかったのは別にして、いまわかっている、あるいは身につけているものでやりくりして現実に対処するそのスタイルは大変有用だからです。

松山再訪

超介です。

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40年間過ごした松山を4年ぶりに訪れる機会がありました。18歳から58歳までを過ごしました。この間に其処で大学に入学し、就職して、家庭を持ち、子育てが終わり、退職してそして18歳まで過ごした丹波に戻りました。今回、道後温泉にも、松山城にも訪れることができました。40年間にはそれらの観光地にも一人で、あるいは誰かと一緒に訪れましたが、それらの思い出は個々には浮かびません。

松山での40年のうちに住居だけでも9回引越し、仕事でも松山だけでなく南予にも、東予にも香川にも行き来してきたのでこれらの地域に対する想いは深くて広いです。

今回、道後温泉本館前や、松山城の広場に立った時にジワリと切ない感情が込み上げてきます。それは悲しさでもなく、嬉しさでもありません。その地に対する愛情に近い想いです。時に、断片的にあるシーンがそのときの自分の感情とともに脳裏へ蘇り、涙腺が緩みます。

見知らぬ土地へ、誰も知った人がいない土地へ18歳で行き、58歳で去るまでなんといろいろなことがあったのかと。それらを整理して、次の人生に向かうべくスタートした4年間です。準備をしながら仕事にも私生活にも課題を決め進みだしましたが、この40年間は貴重な体験財産となって今を支えてくれているようです。

苦手な分野への取り組みは時間をかけて周辺から

超介です

人生の様々な場面で、考え方やら、行動からこの人はこんな人なんだ、と理解することは悪いことではありません。「一事が万事」というのはそのことをもいうのだと思います。

私には論理的な思考が苦手だと思った時期がありました。特に、それを感じたのは確率や生物の遺伝、地学の天文、物理の計算を高校になって学んだ時からです。理系に進みたいけれど、この理詰めで考えることが不得意であったので、進路選択に迷いがありました。理系、文系にかかわらず議論も苦手でした。観察や、事例を調べることは嫌いではなかったのですが、体系化、理論化されているものをんだり使ったりするのは苦手だという意識がありました。

それでも、何とか大学を卒業して、就職して30代後半でこの不得意分野を何とかしたいと考える時がきました。仕事上の議論やら、人間関係においてうまく進めることができず、何とかしたいと思ったのです。その時に取り組んだのが知能クイズでした。数字パズルや論理クイズの本を買ってきて、何冊も解いていると、コツがわかり面白くなり始めました。仕事で企画書、計画書を作るようになると、その関連でロジカルシンキング、論理思考の本も読むようになりフェルミ推定の問題集を解いたりするようになりました。これらのきっかけになったのがクイズでした。
いまは、得意というわけではありませんが、苦手意識はありません。最近、英文を読んでいるときでした。わたしには難しい、わかりにくい文を読んでいるとき構文理解とクイズを解く思考が似ていると感じることができました。もし苦手意識を抱えたままであったら、英語を学ぶことを諦めているかもしれません。
ひとの能力や性格の弱点は様々な場面でやりたいことを阻害するかもしれません。それらは、その場では根本解決はできないまでも、意識の片隅にそれを置いとくことはできます。そして、チャンスがあった時にちょっと手を出してみると面白い展開がありえます。

人は様々な場面で同じ問題に悩まされます。特効薬は見つけにくいですが、その一点を突破すると、事態が前に進み、違う場面が開けるように思えるのです。それは、いくつになっても。