超介です。

 苦手なことの学びは、長続きしません。しかしながら、5分間だけの内容なら、あるいは一日に1問だけなら、いやにならない内容、時間、量であるのならこなせることがあります。それを始めます。条件は毎日継続してやることです。そのうち日々の作業は習慣化してきます。「できない」という無意識の中の固定観念は揺らぎ希薄になります。

 ある時点で、作業内容の見つめなおしを行いまたそれを継続していきます。そうやってギヤチェンジを行いながら持続させていくときに無意識の中の「できない」は消えていきます。最初は、細心の注意を払ってできることから始めればよいのです。教科の内容に限らず、様々な人生の有用な習慣は、そのように始めることができます。

 このできることから始める習慣を継続させている、すばらしい実例を沢山見てきました。そのうちの2例をあげます。

 それはある塾生のノートです。学校の先生の指導でしょうが、宿題・課題を必ずノートに書いていて、それをいつも見ながらこなしています。おそらく、当たり前のように多くの学校で指導されているのでしょうが、できたら自分でチェックし、感想を書く、それを先生が毎日読んでコメントを入れる、それが習慣化していました。その生徒は様々な面で力を蓄えていきました。

 もう一つは、受験生での例です。ある科目の得点が平均の半分程度の生徒の例です。苦手科目の答えをノートに写すことから始めて、クリヤーしていった例も見たことがあります。生徒自身ができることとして見つけて始めたことでした。そして、基本的なことから質問をし、学習を進めていきました。私が用意したのはたっぷりの時間、そして質問に答えることだけでした。起点は自主性です。それをはぐくんでいくときに有用なのは自己承認です。

 このように人が変わっていくときに、強制をすることは効果をなさないばかりではなく、有害になります。

 作業を継続させていための仕組みは様々な書籍の中にも、偉人の伝記にも、あるいはネット上にもヒントがあります。あるいはコーチングを受けてそれを導き出すこともできます。

 エジソンでもビルゲイツでもあるいはイチローでも世界で活躍している人たちは、どの人も生まれつきの才能も少しはあるかもしれないですが、その抜きんでた頭角を支えた、あるいは育んだのは他を圧倒する努力、トレーニングの量であることは間違いないと思います。一つの、基本スキルを身に着けるまでの時間は、才能の差が寄与するところが顕著かもしれませんが、そこからはそこにどれだけの時間、エネルギーを投資しているかの違いです。




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超介です。

苦手なことに取り組むには継続力が必要になりますが、さらにそのことを得意にするためには、こういっては身もふたもないですが『必死になって、夢中に取り組む』ことがないとものにはなりません。周りから強制されて、しぶしぶトレーニングをする程度ではものにはなりません。学び方、トレーニングの方法を自ら研究しつつ、あるいは周囲から盗むくらいの積極性がなければ話になりません。

あるところで、面白さがわかるようになり、いつの間にか苦手意識が、無意識から消えて目的意識が明確になってくる瞬間を迎えなければなりません。教科にしても、それが学校の限定されたカリキュラムではとても太刀打ちできないほどの量と内容をこなしていくことが必要です。

 そのような機会は突然にやってくることが多いようです。私の狭い経験でもそうでした。新商品を開発する部署に配属されたとき、身に着けた計画作成能力もそうでした。締め切りが迫ってくるけれども着手できず、悶々とした日を過ごし、ある夜、突然、できる予感がし、深夜に事務所に行って一気に数時間で書き上げ、それでまさに開眼し、分析眼と全体をまとめる能力が身についたことをはっきり意識しました。

それから上司より指示を受けて国家資格を取ったのもそうでした。民法やら建築基準法など全く未知の分野の知識が必要でしたが、大ほぼ毎日1,2時間問題集に取り組んでいると、4,5か月目ぐらいにうっすらと全体像が見えてきて、苦手意識がなくなり、後は一気呵成にできました。職場でのほとんどの体験財産が最初は「えー、そんなのできない」から始まっています。このコーチングもそうです。コミュニケーションが苦手でしたが、取り組んでいくうちに意識が変わりました。それにはかなりの自主的なトレーニングが必要でした。

趣味でもそうです。ほとんど小説を読んだことがなかったのに、ある年の6月頃「村上春樹」の「ねじまき鳥・・・」を読んで、面白かったので、3ヶ月ほどでほとんどの作品を読みました。それいらい、読書の世界が一気に広がりました。

数年前から学び始めた英語も、昨年から始めたクラッシクギターも同様な経緯をたどっています。




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埼玉の教育コーチ Gao!です。

私は週5日、自分のピアノ教室でピアノを教えています。
それ以外に週1日、午前中つばさスクール・つばさ高等学院で、午後はナカジュク越谷教室で働いています。
どちらも教育コーチング認定校です。

今日は、つばさの行事と、そこで気づいたことを書きます。

5月につばさでは、スポーツ大会がありました。
あいにく朝は雨が残る天候でしたが、何とかほぼ予定どおり開催することができました。
最初の方で、グリコをやったのですが、本気を出しすぎた私は(昔の遊びって燃える:twisted:)、見事にすっころんでしまい、
その後はみんなの様子を見学していました。

そんな私ですが、公園のある遊具を見て、居ても立ってもいられなくなりました。
「登りたい!」そんな心の声が高まり、
「怪我、悪化しちゃうんじゃないの〜。やめた方がいいよ」というウィスパーの声を上まりました。
「よし登ろう!」
一歩一歩登っていきました。
周りのほとんどの生徒や先生はその高さに怖さを感じていて、だんだん高く登っていく私に驚いていました。
正直、怖さはほとんど感じませんでした。
おしりの痛みに耐えながら、最後まで登り切ることができました:-P


後日、このことを振り返って「ジョハリの窓」の中の「自分が知らない」×「他の人が知らない」窓って、これなんだ:!!:
と気づきました。
自分が高いところが平気という強みを、これまで意識していませんでした。
高層ビルに行くと、なんかテンション上がるな〜、とか
家の中で、脚立に乗って作業するのは自分の役割だったり、
吊り橋で怖がる娘を見て、ビビリだな〜とか思ってはいたのですが、
周りがビビリなのではなく、周りが普通で、自分がとくに高い所が得意らしいということに
初めて気づきました。

これまで、ジョハリのこの窓って、自分も他人も知らなくて、どうやってわかるんだろう〜と思っていたのですが、
実は潜在的に持っており、その窓が開く時があるんだなって興味深く感じました。
もし自分ひとりで登っていたら、この強みには気づかなかったかもしれません。
人と一緒にやることで、まだ自分も他人も知らない自分の強みに気づくチャンスがこれからもあるかもしれない
って思うと、ちょっとワクワクしませんか:**::**:

登れた達成感とだんだん増してくるおしりの痛み・・両方をたっぷり味わいました。
ちょっと嬉しかったのは、私が降りている時に、昨年はこの遊具に登らなかったYちゃんと新しく入ったTくんが
私の近くまで登ってきてくれたことです。
太って怪我してるおばさん先生がなりふり構わず登ってる姿に、自分も行けるんじゃないか・・と思っていてくれたかどうかは
わかりませんが、二人は半分くらい登り、自力で降りることも何とかできました。

逆境の時に踏ん張る体験は、リジリエンスを高めることにつながります。
1年半前には、こんなこともありました。
足を骨折した次の日にピアノ演奏の舞台に立ち(車イスのお世話になりながら)、その次の日には、階段を這い上がって
塾のクリスマス会に参加しました。
やりたいことができないかもしれない状況に追い込まれると、それができることがどんなに幸せなことか、どんなに恵まれていることか、気づかされます。
そして「何とかしてやりたい!」「やるための方法は何だろう?」となっていきました。

リジリエンスを高めると同時に、自分への信頼も高まっていきます。

リジリエンス〜これは子どもの成長を見守る時にも、重要です。

人生には、あぶない橋や過酷な砂漠が必ずあります。

そこでめげそうな時、倒れて立ち上がれなくなっている時、みなさんはどんな言動をされますか?

親として「子どもにそれを乗り越える力がある」ことを信じ、「大丈夫!」「あなたならできる!」声をかけることが、立ち上がる力につながっていくと思います。

子どもが辛そうな時、親として悲しかったり、自分のことのように辛かったりします。

でも、それって、本人が感じている感情とは別物。自分が過去の体験から作り出しているもの。
自分の感情なら自分で処理できる・・最近の私はそんな風に思い、信頼の器をもっと広くしていこうと思っています。

先日参加したパパ・ママコーチングの講演会で、幼稚園児が多くの友達や先生に見守られ、励まされながら、何度も跳び箱に挑戦し、
ついに10段をクリアする映像を見ました。
最初は、とても飛べそうに見えないんです。
見ながら「無理なんじゃないの?」という判断も湧いてきます。
でも、最後には円陣を組んで「できる!できる!」って友達に励まされ、自分に対し大きく頷いた後、跳び箱に向かい、見事クリアしました。

「その子が絶対飛べる!」という周りの信頼、そして「僕はできる!」という自分への信頼がこの結果を産んだんだなと思いました。

親や先生が子どもの自信を高めることはできません。
でも、子どもへの信頼はいくらでも高めることができます。
子どもへの信頼を高めることで、結果的に子どもが自分で自信を高めるということが起こってきます。
信頼 大事だな〜:chin:

↓こちらはスポーツ大会について書いたつばさのブログです。よかったら読んでください。
http://www.nakajuku.com/tsubasa-blog/taubasa-school/%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%84%E5%A4%A7%E4%BC%9A/


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2017年07月06日
児童文学のノーベル賞

うちのフリースクールに通う男子が『獣の奏者』というファンタジー小説にはまっていると言って、熱っぽく語ってくれた。そして、全8巻の最初の2巻を貸してくれた。特に1巻は“泣ける”と言うのだ。

生徒と同じ世界を共有したくて読み進めた。

確かに面白い、描写が目に浮かぶようで、良くできた話だと思って読み終えた。

しかし、“泣く”ことはなかった。
近頃は加齢と共にめっきり涙もろくなり、保険会社や製薬会社のCMでもうるうるすることがあるのに、泣けなかった。

何か純粋な子どもの心を失ってしまったようで淋しいような残念なような気がした。

2巻読み終えて生徒に返したら、3、4巻を持ってきていた。
ここのところ毎晩読んでいる。泣きはしないがすっかり虜になっいる。

就業時間中にまで読みたい衝動にかられる。
さすがは史上二人目の国際アンデルセン賞(児童文学のノーベル賞)作家だ。
そんなことも知らずに夢中に読んでいたが、かなり以前からアニメ化されたりした話題作だったようだ。
でも、アニメではなく原作から入って良かったと思っているし、全部読み終えるまではアニメは見ないようにしようと思っている。もうすでに自分の中に出来上がってしまった世界を壊されたくないので。null


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超介です。

英文法が苦手な理由として、英語という科目の特性の理解が不足していたことがありました。ではそれはどうしてそうなっていたか、その理由です。これは塾を運営していると塾生たちの様子からも気づくことです。それは、「たちどまって思考する能力(方法)」の不足です。

様々な原因で、上手く課題がこなせない人は、或いは、時は(もちろん課題がその人にって過剰である場合を除きますが)何故そうなのかを、必要な時間とエネルギーをかけて思考することができない場合が多いように思います。解決方法をいくら論理的に、必要に応じて説明しても途中で思考放棄してしまいやすいのです。そういった作業に耐えられない事が多いです。脳の中に、新たな思考回路を作るためには、エネルギーが必要ですが、それを出すことができない状態です。

その人なりの価値観、思考方法が邪魔をしてそれを妨げます。私の場合の英文法でいえば、英語という言葉の世界についての偏見です。浅い理解しかしていなかった。「覚えればいいんだろう、全部、言葉なんだから」というような、です。数学が苦手な人が、どの公式を使えば良いのか、だけで理解を進めようとするのもその例です。仕事のPDCAサイクルが回らず、DCだけのような状態です。

その時の課題にふさわしいエネルギーが出せない、或いは出す方法が身についていないことをクリアすれば良いのです。そのためには、学ぶ人が、興味を持って、そのことに自然と注意を払える、ストレスのない環境などがあるとクリヤーしやすいです。その方法として、コーチングやらアクティブラーニングも有効です。





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超介です。

英語が苦手である理由は英語の言語的な特性の理解をせず、まるでAIが言語を翻訳するように学ぼうとしていたからでした。例えば、単語の「意味」を理解しようとせず、和訳を暗記することをしていたのです。一つの英単語の意味と日本語訳が対応するのは専門的な世界では、例えば生物の学術名のようにあり得るのですが、もう少し幅が広い世界で使う言葉においては英語と日本語が一対一対応しているわけではありません。その英語の訳例を通して見えてくるコア的なセンスを身につけるように心がけなければ、英語の学びは深まりも広がりもしません。それは英文法においてもしかり。

でも、面白いことに、AIと違って人間の場合は基本的なトレーニングを繰り返せば、英語の場合でも 他の範疇でも自然とそのコア的な意味を、意識していればですが、把握することができます 。「読書百回意自ずから通ず」というように学びは進化をします。ある臨界点までくれば ぐんと深まるのです。逆に具体例の理解、取得から入らないと意味は取得できないとも言えます。いずれにせよ、そういった構造を知ったり、気づきができるとより物事が「できる」ようになります。

このことは、全てに通じることです。数学を学ぶ際、苦手な人は問題を解く際に、パターンや公式を覚えて、それを機械的に使うことに終始し、その意味を理解する余裕がありません。従って応用的な問題になると単純な公式適用では済まないので対応出来ません。それは、理科でも社会でもあるいはスポーツでも、芸術でも事情は同じです。それぞれの範疇における有用な具体的トレーニングを繰り返し、本質的な意味に迫っていければ学びは深まります。その進化の様子は対象に関わらず、よく似ているので、一流のプロの人たちの発言は、他の人たちの感動をよぶ場合が多いのです。



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2017年06月24日
親育ち・子育ち

こんにちは。
教育コーチの あずみん です。

3番目の子、次男が人生航海図へ参加中。

高校を卒業し、予備校に通いながら私塾を手伝う中で、教育コーチングを学びたいと言い出した。

それまで、私がかける彼への承認の言葉も「コントロールされてなるものか」と抵抗していた彼。

私の本心、、心のどこかで「変わってくれたらいいな」という思いが、敏感な彼に伝わっていたからかもしれない。

そんな彼が、後悔や失敗、そして人へ教える楽しさを経験する中で自分から言い出した。

何気なく「こういうのがあるけど」と言って人生航海図を案内したところ、「行く!」と。

私自身、行ったことがないので、どんなところか全く知らないけど、スペシャルなトレーナーとそこに集まる「大人」に囲ま

れる彼。。想像がつかない未知の世界だが、トレーナーと受講者、息子を信頼。「期待がない」と言ったらうそになるが、

今は興味深々で待っている。

朝、長崎から車で博多まで送った。車中彼は寝ていたが、小さいころの可愛い可愛い姿ばかりが目に浮かんだ。

コンナ感情になるなんて思いもしなかったけど、自分の懐にいた子どもを手放すような、「親」の気持ちがどーっと押し寄せた。

私、こんなに愛情深い親だったっけ??

新幹線に乗り込む前、頭をなでなでしたくなり、なでなでした。

新幹線の座席に座る彼。一人旅は初めてではないし数日したら帰ってくるのだが、この感情を言葉で表すには時間がかかりそうだ。

ただ、「親」であることを実感している2日目です。

    あずみん@長崎 2017.6.24




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超介です。

 英語は苦手な教科でした。大学卒業以来、大手学習塾に勤務していましたが、数学やら理科が担当科目、ところが52,3歳ころに急遽中学生に英語指導を所属の会社より依頼されました。その際英語の勉強を、少しして英検の2級を取得もしました。退職後塾を始めて、さらに高校英語も必要になったので、ここ2年ほど学習をしています。

 そこで、英語の勉強法の本を数冊読んだりしていると「音読」がポイントであることがわかり、「音読」になれることにしました。さらに、その後勉強を進めていくと「listening」「英作文」「英文法」「単語」等々について、身に着けるべきことがわかり、これらの課題を明確にしていくことを計画しました。つまり、英語の場合は、どの教材をやればよいかを決めることでした。目標を決め、教材を集めて、調べて、比較してそれぞれの課題の教材を決定しました。さらに、どのような順序で学習を進めればよいかを念入りに検討しました。

 最終的には、毎日どのような作業をすればよいかまでを突き詰めました。ここまでは計画段階ですから、比較的順調に決めることができますが、次のステップが難題です。最大の課題は継続性の確保です。つまり毎日学習を継続することです。教材を決めるよりは、こちらのほうが難しい、このことにはエネルギーが必要でした。

 継続性の確保で有効なのは、原点に戻ることです。始めようと思った決意、想いを思い出すこと。学習も、でも趣味でも思いがあれば動機づけができて継続できますが、できないのは忘れるからです。常に思い出す工夫が必要でした。そのための具体的方法が「記録」することでした。

 脳の中に、始めようとした時の想いの回路を再生することです。それを繰り返していくうちに習慣化され継続することができます。さらに、効果が上がり、モチベーションが上がるのでさらなる継続性の確保ができます。そのために「記録」が有効でした。




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2017年06月23日
第二次反抗期

皆さま、こんにちは。 三重大学大学院生・教育コーチのいっすぅぃ〜です。

 ちょうど1年ぐらい前の授業のことです。「常識」を覆される経験をしました:roll:
ってことで、今日の投稿は「アクティブラーニング」として。
教育コーチングを学んでいらっしゃる皆さんは、いろいろと繋がるところを見つけられるかもしれません。

で、その「常識」を覆すもの。それは『第2次反抗期』のこと。「第2次反抗期は日本だけの概念だ」ということです。そのことを、教育心理学の授業で知りました。確かに、心理学辞典によると、その概念自体が載っていないものもあり、日本独自のもののようです。

 その時に私がした質問。
【尾崎豊はどうしてああなったんだろう?】



 人は、権利主義的な中で育つと、その力への抗いを強めるようです。と考えると、彼はそのような家庭環境で育ったのかもしれません。
というのが、教授のお答えでした。

 その後もいろいろと考えていました。
尾崎ファンの私は彼のライブにも何度か言っているし、いくつかのエピソードも知っています。それらを思い出してみても、親が高圧的で権利主義的という話しは聞いたことが思い当たりません。

 で、原点に戻ったら、なんとくすっきりしたんです:**:
やはり、学校というシステムだったのかな、と。
もしかしたら、愛情の多い親と学校の間に確執のようなものがあったのかもしれない。

 最近の若者は反抗をしない、なんて言葉も聞きますが、「それが本来の姿」と聞くとどう思いますか?

Honesty is my policy! いっすぅぃ〜でいた。


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超介です。

  勉強でも仕事でもそうですが、苦手なことでもやらねばならないことに出くわします。締め切りあるいは期限ぎりぎりまで、手を付けることができず、逃げていて直前で何とかやりすます。

そのような経験を沢山しやっと引き出したのが、すぐに着手すること。たとえば、作文だったらテーマと名前と一行だけ書くこと。あるいは問題だったら一問だけとくこと。動き出せば継続するのにはエネルギーは、そんなには使わなくて済みます。だから、すぐ手を付けて置くことです。

すぐ着手するのは良い方法ですが、それだけでは済まない時もあります。資格試験とか、入学試験のように準備の範囲が広く、そのレベルも高いような場合です。数ヶ月、あるいは何年も時間がかかるような場合はどうするか。

このような場合は戦略が必要です。必要な準備は何ができるようになれば良いのかを明確にすること、そして継続性の確保です。その次にやるべきことを分解して小さな単位に落とし込むこと。つまり毎日行うべき作業を決めること。

この毎日行うべきことは、内容・量ともにいやにならない程度に決めること。これぐらいならできる、というようにすること。

日々の作業が決まれば、継続性が確保できるように仕組みをつくること。いつするか、どこでするか、できたらどうするかを考えて継続性を確保します。

このようにして、苦手なことに取り組んできました。すると実践していくうちに、苦手なことが何でもないことに変わり、ちょっと楽しみなって、さらに得意なことに代わることもあります。



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