原理原則に従う

超介です。

 一日のルーティンのうちに、昨年9月から続けている英作文の暗唱と今年1月から始めたクラッシックギターの練習があります。合計で一日に、2時間から3時間くらいです。ほぼ毎日継続しています。停滞気味になって、上達が感じにくくなってやめようという気になるときの対処の方法は身に着けることができました。それは上達曲線の、自分の今の位置を頭に描けば、どうすべきか、やめることも含めて、見えてくるからです。

 しかし、今夏の不幸ごと(父の死)のように身辺に新たな出来事が派生して「それどころではない」という心持になった時には停止します。そのようなときには「停止してしまう」のではなく、新たな出来事に対処することを優先し、「停止することを選択」します。周囲の状況を見てどのような行動をとるのかを決めます。

 私の場合、決めたことを途中でやめてしまう原因の多くは、この新たな出来事などに「振り回されて、本来すべきことを見失う」でした。このことは、環境等の周囲の状況を根拠に生きていることになり、自立からは程遠いことです。

ルーティンも含めて、自分の生活を、使命やら、原理原則にに基づいて過ごすとき、ぶれず、振り回されずに生きていけるのだと思います。