成長すること。

◯そら@内藤です。

◯通勤の途中で出会っていた
 ある女の子とおばあちゃんのことです。

 3年前、その女の子とおばあちゃんは
 手をつないで歩いていました。

 孫のことを心配しながら、見守りながら
 学校まで送って行くおばあちゃんのようでした。
 おばあちゃんと言ってもまだ若いおばあちゃんでした。

 小柄な女の子でした。
 女の子はおばあちゃんの手をしっかりと握って
 その道を歩いていました。

 毎日、出会うわけではありませんでしたが、
 この3年間、2人の様子はあまり変わることのない
 朝の情景でした。

 1週間前のことです。
 私はエッと思いました。
 女の子は、おばあちゃんの2・3メートル先を
 グングンと歩いていました。
 おばあちゃんはその後を一生懸命について行きます。
 胸を張って力強く歩くその子は、
 たぶんもう6年生になっているはずです。
 おばあちゃんが小さく見えました。
 「自立」と「とまどい」そんな言葉が浮かびました。
 私は、話したこともないその子の成長に、
 やるなあという喜びを感じながら、
 でも寂しさも感じていました。

 そして、昨日、また2人に出会いました。
 2人は並んで歩いていました。
 グングンと歩く女の子の横を
 それに負けないくらい元気に歩いているおばあちゃんがいました。
 背の高さは同じくらいでした。
 女の子とおばあちゃんの新しい関係がありました。

 来年、その子は本校へ入学してくるはずです。

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    本文とは直接関係ありませんが・・
    高瀬川の流れです。

感謝の心

 感謝の心を味わう超介です。

 これまでに楽しかったこと、うれしかったことを書きだすセルフワークをやっていました。最初は『そんなにうれしかったこと、あったかなぁ』と、感じながら始めました。『そうだな、真鯛を釣り上げた時があった、あれは感動した』『資格試験に合格した、あれも苦労したので、合格の賞状が届いたときはうれしかったな』と書き始めました。

 それから、いまは亡き祖父と松茸取りに行ったことを思い出します。小学生の低学年の思い出ですが、その時の土のにおい、中腹からの松林になっていて、腰を曲げて地面をあちこちながめながら、落ち葉が盛り上がっているところ、松の木の根もとをさがしたこと。そっと土からはがす時の感触を思い出します。

 いつの間にか用意した12枚のカードは全部埋まり、当時の見たこと、におい、味わい、考えたこと、感じたことがよみがえります。そして私が特に父と母、そして祖父から本当に愛されていたことに気が付きます。当時は感じていなかったけれど、いまはそれがはっきり自覚できるのです。

 大変おとなしい子供であった私、特に母からは本当に大切にしてもらっていたことが分かります。その時は意味がわかりませんでしたが、いまはすべてわかり、大変幸せであることを感じます。

 小学3年生の時、学芸会で歌の発表を父兄の前でしたこと、私に自信を持たせるために母が担任と相談して決めたことのようでした。虫やら植物に興味があったので、大人の自然愛好会に話をつけて参加させてくれたこと、運動会で体調がすぐれないのに一緒に走ってくれたこと、プラモデルを一緒につくってくれたこと、シダ植物の採集を手伝ってくれたこと、誕生会を開いてくれたこと、乳牛の世話を一緒にしたこと、・・・・・・・数え切れないほどの出来事がよみがえります。それらのたくさんの事柄の、その時々の母の気持ちがわかります。母自身は無心でやってくれたに違いなのですが、それらの行為の奥にあるものが想像できるのです。

 感謝をしています。
母さん、父さんありがとう。
長生きしてくれよ。

 そのようにしみじみと思いました。