言葉とその意味

 超介です。

 淋しい、辛い、という言葉を知っていても、それがどんな感情であるかは味わってみないとわかりません。そのように体験してみないとわからないことがたくさんあります。どちらかといえば、言葉が先行しがちな私にとってはよくよく注意しておきたい事柄です。知ってもいないのにわかっているように思いこみやすいのです。
 このことは、他人の立場に立ってみないとわからないということと同じです。さらに、考え方や見方で物事が違って感じられることもそれと近いと思います。そして、同じ人間が状況に応じて立場も考え方も変わります。
 以上のことを踏まえれば、人とコミュニケーションをとるときの自分の姿勢が落ち着いてくるように感じるのです。
 先日、突然に父が亡くなりました。ほんの数時間前に、母と父、そして私で外食をしていました。亡くなることは全く頭にありませんでした。私は、父がお世話になっている医院の先生から、そのように逝ってしまう可能性があることについて、何度も警告をいただいていました。
 私と父との関係は、18歳で両親から遠く離れて生活を始め、その後40年間をその地で過ごし、父の晩年の2年間と2か月再び同居しました。最後はあまりにもあっけない別れでした。
 この別れに思いをはせるとき、呆然としてしまいます。まだうまく整理がついていないのだと思います。私の家は曹洞宗の檀家です。法要の時を過ごすうちに、落ち着かせていきたいと思います。それが服喪だと。

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