心と身体

超介です。

 丹波では、ストーブやら温風機、加湿器を使うようになりました。皆さんいかがお過ごしですか
私は四国松山にいた頃より寒さを感じています。

 最近、ある言葉と再会しました。それはフリッツ・パールズという心理療法家の「ゲシュタルトの祈り」です。有名なフレーズなのでご存知の方も多いとおもいます。以前にもこのブログに書きましたが(2010年10月18日)この中の「私は何もあなたの気に入られるために生きているのではない」というフレーズに再び、揺さぶられました。それは、挑戦したい、と願い、あることに臨んでいる時のこと。そうと決めたものの、あとで、強い不安に襲われました。やることに意味を見出したはずなのに、やれる見通しがあると踏んで決めたこと、でも心の何処かで嫌な感情が起こってきます。

 ああ、また出てきたな、と思いました。この気持ちにはよく出会うのです。以前は無意識に感じていましたが最近は少し客観視できて、その感情に振り回されずに捉えられる時間が増えました。そして、それを探求して見えてきたことは「他者の視線を意識している自分」です。この時にこのパールズの言葉が背中を押してくれているように思えたのです。

 さらに、私の持病である尋常性乾癬が免疫性の疾患であり、それはどうやら自分と他者の区別が明確にできていないことと関わる、ということを知ってさらに理解が深まりました。皮膚科の医師のもとでの治療、民間療法の先生の親身なアドバイスと治療法を提案いただき随分改善したのですが、完治には至っていません。そんな時に「病気は才能」(おのころ心平)というDVDをみてこの疾患と心の関わりのヒントを得ました。

 ああ、この病気は私のbeliefのようなものと関わっていて、これでいいの?と問いかけてくれているんだ、と思えたのです。さらに病気にとどまらず、これまでの人生で起こってきたことと私のbeliefとの関わりが理解できたように思うのです。

 未来と私は変えることができる、これが現在の私が考えた基本の処方箋です。日々の生活の中でやることをきちんと決め、実行して、十分に感じて味わい、また決めて実行して、という過程の中で深まるものをつかんでいくのです。

2 thoughts on “心と身体”

  1. 超介です。
    意味を創る、というようにすれば良い。
    いや、創り出すことを待たれていて、
    動き出せ!
    という声が内側から聴こえます。

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