コツコツを積み重ねること

こんにちは
新潟の教育コーチ、強子です。

学習塾で子どもたちに
「少しずつでいいから 毎日コツコツやろう!」ということを伝えています。
一気にやる、時々やる、ではなく
少しずつ毎日やる。

・・・言うのは簡単。でも、実行するのは難しいですよね。

子どもたちに伝えつつ、心の中で
「本当に自分はやっているの?」という自問自答の声が
日に日に大きくなってきたので
自分でも「毎日やる」を実践することにしました。

私が選んだのは、40日間の筋トレ!
毎日、トレーナーさんから トレーニング内容と
行う場合の注意点や、栄養面でのアドバイスが
メールで送られてくる形式のものを選びました。

2018年お正月明けからスタートし、めでたく昨日(4/23)完了しました!
・・・全然40日間トレーニングじゃないんですけど・・・

はい、そうなんです。毎日はやれませんでした。
受験生指導を言い訳にしてやらない日もありましたし、
トレーニング内容の一部だけをやった日もありました。
何日かサボった時は、先に進まず
トレーニング内容を少し前に戻してやった時もありました。

そして、そして、遂に昨日完了しました!!
達成感!
そして、身体も引き締まった気がします。
いや、心身ともに引き締まったと思います。

途中経過で体脂肪率や筋肉量を測ったところ、
体組成がプロスポーツ選手並み!と判定されました。

途中で、このような成果が見えたので、
がんばり続けられました。

「がんばる」ことも大切ですが
成果の確認やフィードバックも大切ですね。
自分自身、モチベーションが高まりましたから。
(次回測定する時は、もっと筋肉量をあげてやるぞ♪という感じ)

子ども達にも「毎日やろう」を推奨しつつ
変化や成長のフィードバックを
今まで以上にしていこう♪と決意を新たにしました。
ちなみに今日は、最終回のトレーニングと同じものを行いました。
同じトレーニングでも、何日か続けていくと
辛さが軽くなってくるのが分かります。

自分の身体と日々対話を続けると
変化に気づきやすくなるのかもしれませんね。

さて、維持していくぞ(^^)

良い質問(理由を説明する)から日本語が鍛えられる

超介です。

    メタ認知も言葉で行いますから的確な日本語を有していないとそれは始まりません。比較的簡単な、ゲームのような思考はそれほど多くの日本語は必要ありませんが、少し込み入ったり抽象的な思考をするにはそれ相応の日本語を駆使しないとできません。私は、日本語で書かれた英語の文法書などでさえ、未だにすぐに理解できず(笑)、哲学書などはチンプンカンプン、論理を追うことができません。私は、本を日本人の平均と比べても多く読んできた方だと思うのですが、言葉は少し知っていても思考は深くない(恥!)とよく感じます。

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  かつて、仕事上の必要性から、論理的思考等の本を読んだり、フェルミ推定の問題を解いたり練習してきましたが、実生活において思考の積み重ねをした経験が少ないので、身についているとは言い難いと感じます。日本語が使える、ということは日常会話ができるというだけではなく、実生活や仕事上の課題を見つけて、理解して、さらに答えを見つけるということができるか、です。なぜならば、それらは全部日本語を使って考えているからです。どうすれば良いだろうか、という問いと、その答えも日本語でおこなっているからです。その思考はAIには絶対にできません。

    それは日常生活で感じる疑問を大切にし、その答えを自分の頭で考えることから深まっていきます。世界について興味を向け始める子供の時代から、その思考が、つまり日本語が、習慣付くと効果的です。そのような疑問が普通に起こる環境は自然にこそ多くあると思います。自然で遊ぶことから子供はそれを学ぶことができます。それはその人の成長の鍵になると思います。

必要な努力を理解する(メタ認知と日本語)

超介です

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クラシックギターを練習する時、ひとつの曲が弾けるようになるまでに、現在の私の実力の場合は、1、2分程度の簡単な練習曲ですが、いくつかの段階を経ます。まずその曲がどのようかを譜面や、時には音源が有る場合は、それを何回か試聴して理解します。そのつぎに右手と左手の運指を一小節づつ譜面を見つつ確認します。それできれば、最初はゆっくり弾いて、それを繰り返します。譜面を見つつ一通り弾ければ、その後は繰り返しです。いまの私のレベルで、次の曲に進むためには、およそ300回は最低でも繰り返さないと到達出来ません。ということが分かりました。そして現在、課題として練習する曲の場合は、1日最高5回まで弾くことにしていまから、最低でも2ヶ月は練習することにしています。

もちろん、生まれ持っての「才能」とそこまでの学習体験による差はあるでしょうが、ある分野での学習をしていく時に、どの程度の努力とトレーニングを伴う作業が必要かを理解することはとても大切です。それがないと、そもそも継続ができません。このために必要な能力がメタ認知、つまり客観視です。人の学びをサポートする仕事をしていて、このメタ認知、客観視する必要性を感じ、また学ぶ人にそれどう理解してもらうかに注力しています。

このメタ認知、客観視する力を支えるのが私の仕事においては、言語力だと感じています。言葉で伝えようとする時に、その言葉の意味を相手が理解できていない、あるいは実感できていないと、伝わらないように思えるのです。会話レベルの日本語だけではなく、思考を支える日本語を駆使できないと伝わっていかないように感じます。

徹底してやる

超介です。

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社会が苦手な中学生が、春季講座で学校の課題をこなしていました。1回めは教材に書き込んでやって、2回めは教材に、出来た、できなかったがわかるように解答欄に色分けしたシールを貼って答えを隠してやり、さらにその後今度はその教材の各ページをスマホで写真に撮りそれを見て解き直していました。何回やったの?と聞くと、だいぶやりました、と答えました。すごいね、徹底してやってるね、じゃあこれをやって見る、と別の教材を渡しました。

あまり得意でない、苦手なことを徹底してやることはなかなか難しいことです。それをこなすために絶対必要なのは能動性です。この能動性を得るためにはこうすればできるようになるという合理的な考え方を持つことです。私は継続力が持つ可能性を信じています。それを教えてもらったのは職場の上司です。そしてそれを、何冊もの啓蒙書等本を読んで確認しました。
効果が出ない時期にも、適切な努力を継続している限りいつか効果が出てきます。階段状に変わっていく成長曲線があることを知っていれば、それも努力を継続させる動機になり得ます。効果は目に見える効果です。

でも目に見えなくともその人が継続して努力を続けている限り、何かの良い変化を感じているはずです。内面的な変化は学習者が自ら探して確認することができるのです。この作業を良いコーチは学習者と同じ視点に立って手助けし、承認します。それは学習者にエネルギーを与えます。