児童文学のノーベル賞

うちのフリースクールに通う男子が『獣の奏者』というファンタジー小説にはまっていると言って、熱っぽく語ってくれた。そして、全8巻の最初の2巻を貸してくれた。特に1巻は“泣ける”と言うのだ。
生徒と同じ世界を共有したくて読み進めた。
確かに面白い、描写が目に浮かぶようで、良くできた話だと思って読み終えた。
しかし、“泣く”ことはなかった。
近頃は加齢と共にめっきり涙もろくなり、保険会社や製薬会社のCMでもうるうるすることがあるのに、泣けなかった。
何か純粋な子どもの心を失ってしまったようで淋しいような残念なような気がした。
2巻読み終えて生徒に返したら、3、4巻を持ってきていた。
ここのところ毎晩読んでいる。泣きはしないがすっかり虜になっいる。
就業時間中にまで読みたい衝動にかられる。
さすがは史上二人目の国際アンデルセン賞(児童文学のノーベル賞)作家だ。
そんなことも知らずに夢中に読んでいたが、かなり以前からアニメ化されたりした話題作だったようだ。
でも、アニメではなく原作から入って良かったと思っているし、全部読み終えるまではアニメは見ないようにしようと思っている。もうすでに自分の中に出来上がってしまった世界を壊されたくないので。null

ラジオで「世界的ベストセラー」と聞き、ミーハーな私は早速読んでみた。

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著者のアンジェラ・ダックワース教授は、かつて中学校の数学教師で、そこでの体験をきっかけに、心理学者となり、人が成功し偉業を達成するのは「才能」よりも「やり抜く力」が重要であることを科学的に突き止められた。
その功績が認められ、ノーベル賞に匹敵するほど栄誉あるマッカーサー賞を受賞された。

これまで私は成功している人や偉い人を見ると、「天賦の才能がある人」いわゆる「天才」だと思って、自分には遠く及ばない別世界の人と見なしていた。

しかし、本には「やり抜く力=情熱+粘り強さ」があれば、誰もが幸せになれると書いてあった。(かなり乱暴な解釈かもしれないが)努力家のほうが、努力しない天才よりも大きな成果を上げるということだ。

実際に、様々なハンディキャップを抱えた人が「やり抜く力」で偉業を達成するまでの事例が多く掲載されていた。

そして、すでにマイクロソフト社をはじめとする有力企業が、才能よりもやり抜く力を採用基準としている。

ふと我がフリースクールに通う子どもたちの顔が浮かぶ。

私も子どもたちと共に「やり抜く力」を伸ばしていこう。
というか、まず私自身が日々一歩一歩あきらめずに進歩向上に努める姿を堅持していこう。

きっと子どもたちにも伝わることを信じて。

「才能に大差はない。成功するかどうかは、その才能を伸ばすために、どこまで努力できるかにかかっている」(アンソン・ドーランス)

一人だけの修学旅行

梅雨入りが発表された。
熱海も雨。

先日、雲一つない晴天の日に当フリースクールの修学旅行を実施した。
参加者は一人。担任と行く映画「バケモノの子」のロケ地をめぐる渋谷日帰りツアーだ。

まずは田舎の小学6年生には衝撃的すぎるガード下からのスタート。
リアルなホームレスの人たちを見て、驚きが隠せない様子。

次に、スクランブル交差点。
お母さんに「田舎の人が行くと失神する」と言われたと心配していたが、平日の午前中ということもあり、無事にクリア。

安心したのも束の間、渋谷センター街に入った頃には、「空気が悪い」と言い、落書きだらけの路地で持参したアメをなめて休憩した。

卵料理の店で昼食にして、代々木第一体育館、明治神宮の鳥居を見て、原宿に到着。
修学旅行の学生らしき人が大勢いる竹下通りに入った。テレビで見たラジカセおばさんがいた。
10mおきに客引きをする黒人に圧倒され、「おれ、ここは無理みたい」と足早に通り抜けた。
「ラフォーレ原宿」でトイレを借りて、表参道を青山方面へ。

青山学院の裏を通って渋谷図書館に行き、最後のロケ地である氷川神社に着いた時には16000歩以上歩いていた。

目の前でバスに乗り遅れるという悲劇があったものの、よくもまあこんなに歩いてくれたものだと思った。

神社でお参りし、おみくじをひいた。「中吉」だった。
家から持ってきた水筒の水をいっきに飲んだ。

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この思い出はたぶん一生忘れないでいてくれると思う。

人は死なない

『人は死なない』という本を読んだことがある。
大変驚くべき内容だった。しかし、その話ではない。

私の父が亡くなってもうすぐ4ヶ月になる。

終戦の前年、徴兵の年齢には満たなかったがお国のためにと志願して入隊。
敗戦色濃厚の軍港で陸上戦に備えるだけの日々に戦意が萎え、終戦の日「玉音放送の意味をしばらく理解することができなかった」と古いに日記に記されていた。

そんな父が今回のオバマ大統領の広島訪問やあの演説を聞いたら、どんなに感激しただろう。
せめてもう少し生きていたら。そして、90歳の誕生日まで生きていたら、どんなに満足したことだろう。

「過去は変えられない」

父が亡くなってからは悲しむ間もないほど後片付けに追われた。

ベランダいっぱいに観葉植物があった。
一つとして咲いているものはなく、人さまにもらっていただけるようなものはない。

寒い時期だったので、勤務するフリースクールのビニールハウスにとりあえず運び込んだ。
植物が死なないことだけを願って水やりだけはした。

期待はしなかった。

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「アマリリス」見事だった。

「お父さん」とつぶやいた。

人は死なない。

足でかせぐ

「足でかせぐ」とは公立中学校教諭だった頃、よく先輩から言われた言葉だった。

荒れていた中学校に赴任していたこともあり、毎日のように夜回りをしては、生徒に声をかけてきたものである。(もちろん、先輩に誘われて呑んでいることも多かったが)

フリースクールを始めて11年が経った。

その中に小学校1年から6年まで通っている児童がいる。
週1〜2回の通級だが休まずに来てくれる。

通級が始まった当初から「僕は小学校卒業まではMOAスクールに通う!」と力強く宣言してくれていたが、まさに「有言実行」。学校にはほとんど行かないが当スクールにはほぼ皆勤賞である。

泊まりが苦手な彼は修学旅行に行けない。

そこで、当スクールが日帰り修学旅行を6月初旬に計画した。
彼が大好きな映画のロケ地をめぐるツアーである。

そこで、今の世の中、ネットでほとんどの情報が得られるが、実際に下見をしてみることにした。
すると、無機質な二次元の画面からは感じられない坂道や石畳の感覚、路地裏のにおい、人々の熱気が伝わってきた。

私たちはマスコミが切り取った画面でイメージし、「○○は〜である」と思い込んでいることが多いと思う。

そして、「知っている」と信じ込み、それが先入観になる。
しかし、実際に行ってみる、会ってみると全く違う面が見えてくる、というか「感じる」。

これが「足でかせぐ」ということであり、「修学旅行」の意味でもあると思った。

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ちなみに、翌日は歩いていると缶コーヒーや缶ビールを無料でいただけた。これも「足でかせぐ」だな。

園芸療法

年に1回の健康診断が終わった。3本も採血したが、体重以外はほぼ良い結果だった。お蔭で気分は軽い。
腹囲も5年ぶりくらいで85?を下回った。これまでは腹囲が脅威だった。(胸囲とのシャレです)

夕方早めに事務所を出て、フリースクールの畑に行き、セルフ園芸療法をした。

道端でタヌキかアライグマと出会った。
昔はかわいいと思ったが、最近ではうちの畑の野菜やフルーツを食べるので憎らしく思っている。

父の遺品のサボテン等の観葉植物を定植。しっかり根付いて伸び伸び育ってくれることを願う。

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汗ばむ陽気でハウスを出たらブルーベリーの花が咲いていた。
今年もいっぱい美味しい実を実らせてくれることでしょう。

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小動物や鳥に取られないように、風情はないけど夏になったらネットをかけます。

自然農法の畑でエネルギーをしっかり充電。
夜は久しぶりにロング缶のビールにします。

バンブーブログ始めました。

新年度、新学期から2週間あまり、皆様にはまだまだご多用の日々をお過ごしのことと存じます。
また、熊本や大分方面の皆様には心の休まる時もないような状態でございましょう。心からお見舞い申し上げますと共に、一日も早い復興をお祈りしております。

さて、MOAスクール(フリースクール)を主宰する私は11年目の春に突入しました。

この3月、不登校に悩む二人の保護者から、「春休み中に受講しますので、新学期から登校できるように指導してください」と要望をいただきました。とはいえ、「そんな魔法のようなことは・・・」と思っていました。

でもそれが二人ともできたのです!

二日間(一泊型)の受講で女児が、二日(通所型)の受講で男子学生が、それぞれ進級、進学を果たし、今でも通学し続けています。これまでの10年でもここまで顕著な成果はありません。

私が二人とやったことは「心に寄り添うこと」「自然に親しむこと」「体を動かすこと」です。自尊心が低下した子どもに寄り添い、趣味や特技を披露してもらい、新緑の野山で太陽を浴び、散策やスポーツを楽しむことで、みるみるエネルギーが満たされていきました。

まだ安心はできませんが、次に会う時には、ひと回り大きくなって日焼けした笑顔を見せてくれることを願っています。